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世界の"おもしろそう"を日本語に

ペナルティーキックと行動経済学

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現代には、相対する2つの事柄が少なからずあります。例えば、パイナップルがのっているピザを好む人々もいれば、ピザにパイナップルをのせることを完全に嫌悪している人々もいるわけです。今日のサッカー界における、もっとも有名な相対するものは、アルゼンチンが生んだマエストロであるリオネル・メッシを信奉するファンと、メッシよりもカッコよく決まった髪型が特徴的なカリスマ、クリスティアーノ・ロナウドを信奉するファンでしょう。

現代のサッカーファンを魅了する2人の巨頭に共通することは、とても少ないです。しかし、サッカー選手としては重要である要素がメッシとロナウドには共通しています。それは、母国を代表するワールドカップの予選・本戦でペナルティーキックを意外と多く外しているという点です。細かいことを言えば、どちらかといえばメッシのほうがロナウドよりもペナルティーキックを外した回数は多いわけですが。この相対する2人に共通する「ペナルティーキックの失敗」についてアメリカ人作家であるアダム・ゴプニクは、「反則と報酬の間に作られる非常に大きな不均衡」と表現しています。

もしかしたら、あなたは「エコノミストにペナルティーキックの何が分かるんだよ?」と思っているかもしれません。

しかし、本来、エコノミストの役割とは限られたリソースが、他の要素と交わった上でどのように人間の意思決定に影響を与えているかを探求することであることを思い出して欲しいです。ペナルティーキックを蹴る選手の仕事は、限られた小さなスペースにボールを蹴り込むことであり、それに対してゴールキーパーの選手は蹴られたボールを止めるために自分をどの位置に移動させるかを決断することが仕事です。ペナルティーキックを蹴る選手もゴールキーパーも、どのように行動するかを非常に限られた時間で判断しなければなりません。双方ともに人間であるため、"人間の心がおかす失敗"の被害者になることもあります。

若手経済学者のホープであり、アメリカに経済学ブームを巻き起こしたベストセラーであるヤバい経済学を執筆したスティーヴン・レヴィット氏は、ペナルティー・キックの戦略について共著で論文(タイトルは"選手がへトロジーニアスであった場合の混合戦略の均衡の実験:サッカーにおけるペナルティーキックの場合)をまとめています。彼らの論文は、いくつかの非常に興味深い発見を示しています。彼らは、1997年から2000年までにフランスとイタリアにある国内リーグで蹴られたペナルティーキックを集計し、成功率がどれほどであったかを割り出しました。

彼らのデータが示す、ペナルティーキックを蹴る選手に関する事実は下記のとおりです。

1. ペナルティーキックが蹴られる方向のうちでもっとも少ないのはゴールの中心で、全体の17%を締めている。2番目に人気なのはゴール右側で38%、もっとも人気なのはゴール左側で45%である。

 

2. ゴール中央に蹴られたペナルティーキックの成功率は81%と一番高く、次点でゴール左側は76.7%、もっとも低いのはゴール右側で70%である。 

マイケル・バー・イーライ氏らによってまとめられた"優秀なゴールキーパーの行動に対するバイアス:ペナルティーキックの場合"という論文では、ゴールキーパーは蹴られたボールを止めるためにゴールの右側か左側に飛ぶ傾向にあることが分かりました。しかし、現実では前述の通り、ゴールの中央で動かないほうがペナルティーキックを阻止できる可能性が高いわけです。

レヴィット氏らは、ペナルティーキックの成功率に関する前述の事実をもってしても、「選手たちが対戦相手の言動を考慮した上で、最適と考える戦略を選択するという事実を否定することはできない」と正しい指摘をしています。しかし、ペナルティーキックを蹴る選手とゴールキーパーが、どちらにも成功率が高いゴール中央を他の方向よりも頻繁に選択しないのはなぜなのでしょうか?

その理由は、実に単純なものです。人間は、行動しないよりも行動することを好むのです。心理学者たちは、この現象をよくアクション・バイアスと呼びます。マイケル・バー・イーライ氏らは、自身の論文の中でアクション・バイアスについて次のように説明しています。ゴールキーパーが、ゴールの左側か右側にジャンプし、結果としてゴールが決まってしまったとしても、ゴールキーパーは「私はシュートを止めるために行動し、最善を尽くした。大方の人々が感じる通り、自分がジャンプした方向とは反対にボールが蹴られただけで、自分は単純に運がなかった」と感じることでしょう。

それでは、ゴールキーパーがペナルティーキックが蹴られた瞬間に何もせずにゴール中央に留まり、ゴールが決まってしまったらどうでしょうか?要するに、これはゴールキーパーはペナルティーキックを止めるために何の行動も起こさなかったことになります。試合を観ている観客は、ペナルティーキックを阻止するためにゴールキーパーが何らかの行動をとることが当たり前だと思っているのです。したがって、ゴールキーパーが微動だにせずにゴール中央に立っているだけで、ゴールが決まってしまった場合は、観客はゴールキーパーが最善を尽くしたと思わないでしょう。ゴール中央にいることがペナルティーキックを止められる確率がもっとも高かったとしてもです。これこそがアクション・バイアスなのです。

投資の世界は、慢性的にこのバイアスに悩まされています。著名な投資家であるチャーリー・マンガー氏は、自身の投資哲学について次のように語っています。

「私たちは、ただバカなことをしないように自身を自制する必要がある。私達は何もしないことに耐えられないからだ」

2009年にアメリカの経済学者であり、2013年にノーベル経済学賞を受賞しているユージン・ファーマ氏が発表した論文では、能動的・積極的な株式取引は、受動的・消極的な株式取引によって得た利益を容易に相殺してしまうことを示しています。

人間が行う多くの常軌を逸した行動のように、アクション・バイアスという現象も進化心理学というフィルターを通して説明することができます。科学、芸術、経済における指導的立場にある人々のためのコミュニティー「ZURICH.MINDS」を創設し、理事を務めているドベリ・ロルフ氏によると、狩猟採集民族の社会において、私達の祖先は電光石火の反応を起こせる能力を備えていのため、今日まで生存することが出来ているとしています。

事象に対して反応することは、潜在的に大きな失敗となる可能性を秘めています。私達の祖先が森の端にサーベル・タイガーのような影をみたとしたら、その場に腰掛け、その影の正体を見極めるという行動は選択しないでしょう。大急ぎでその場から逃げるという行動を選択するはずです。

現代の世界は、私達の先祖が暮らしてきた原始的な世界とは大きく異なります。私たちは、急にサーベル・タイガーが現れる社会には暮らしていないため、熟考する時間とさまざまな情報を考慮した上で意思決定をすることができます。もし、選択したその決断が直感とは真逆なものだったとしてもです。

世界中で活躍するゴール・キーパーは、この意思決定における合理性を欠くシステム化されたパターンを認識しているかもしれません。しかし、このパターンを認識していたとしても、ゴールキーパーが選択する行動は変わらないでしょう。経済学者の代表的存在であるジョン・メイナード・ケインズが私たちに伝えている通り、「世間に逆らって成功を収めるよりも、世間に流されて失敗するほうが高い評判を得られる」のです。

 

元記事:Penalty kicks and behavioural economics